一番最初にファイルメーカーでシステムを作ろうと思ったきっかけ、というのは多分人それぞれなんだと思いますが、私の場合は、やはり仕事が切羽詰まっていた、というのが原因でした。
仕事といっても、おじさん達の見積書作成の手伝いとか、受注した製品の発注管理とか雑多な仕事で、雑多だからこそ、あの仕事、この仕事と切り替えていかねばならず、シングルタスクなDOSマシン(DOS/Vじゃない点に注意!)で四苦八苦していたのです。だって、一太郎とMultiPlanを切り替えて使う、なんてことは出来ない相談だったのですよ。
当時、まだ、Windowsなんてものが出始めの頃でしたが、コンビュータを再起動せずに、ソフトを切り替えて使いたいという要望に簡単に答えてくれたのがMacintoshでした。しかも、予算内で。
随分IBMのカラーモニタ一体型マシンと、モノクロのSE/30との間で迷った記憶があります。
TheCardとか、dBaseIIIPlusとかと悪戦苦闘していたので、それなりの出来だったWindowsの初代バージョンでも魅力的に見えたのです。結果、SE/30に落ち着いてよかったんですが。。。
で、目的のデータベースソフトについては、dBaseIIIPlusの英語版が初めてのデータベースソフトとの出会いだったために、リレーションをグラフィカルにいじれる4Dがやはり第1候補でした。ああ、なんか楽そう、みたいな。
しかし、ネックは価格でしたね。個人じゃ手が出ない金額だったと思います。
その時、友人からこのソフトいいよ、と紹介されたのがファイルメーカーでした。
友人の記憶では、当初大分抵抗してたらしいんですが、ちっとも覚えいません。
未だにその時の話になると、あんなに嫌がってたくせに!といわれます。 今となってはそれどこの人の話?ですけど。
ソフトも決まり、いよいよSE/30を会社に持ち込んでいきなり使いだすんですが、なにせ、開発なんてちゃんと教えてもらった訳でもなく、世の中にデータモデリングなんてことがあることもまーたく知らない状態で始めましたから、日々格闘してましたね、おじさん達と。
あれ?予想裏切りました?なんでファイルメーカーとじゃないんだ?って聞きたいですか?
ファイルメーカー自体は、レイアウト作るのはすっごい簡単だったので本を片手に、入力画面とか、一覧表とか作ってましたね。ボタンクリックすると画面が切り替わったり、印刷できたりするだけで嬉しかったなー。機能が今ほど多くなかったので、わりとサクサク作ってました。
でも、それと、おじさん達に入力してもらうため画面を仕上げるというのはちょっと意味が違ってました。つまり、要望をくみ上げる、という部分に問題があったのです。。。。
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2006年11月21日
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